新春雑感4

一点集中で的しぼり

 

島原半島の基幹産業

 

孟子は「恒産なきものは恒心なし」といっている。金儲け至上主義はだめだが、「定まった収入のない人は定まった心がない」と経済と道徳との密接な関係を説いている。

島原半島を考えるとき、やはり経済がしっかりしないとなにごとも始まらない。そのためには島原半島のかたちをどうするのか、考えてみる必要がある。半島は気候温暖で、未耕地は多くあそんでいる。勤勉で研究熱心な人的資源や、すばらしい水も豊富にある。足元を見直せば、これほど農業に適する条件をそなえたところはめったにあるまい。

将来100年さきを考えても、世界的な人口増加があり、食料飢饉がさけばれているが、人間が生きていくうえで農業はぜったいに必要不可欠なのだ。

たとえばイギリスは急速な工業発展をしたとき、農業人口が減少し、農業は衰退した。その結果、国力がおち、政府は農業をみなおすことで復活した歴史がある。

島原半島の基幹産業は農業であると断言できる。基幹産業とは、広辞苑によると一国産業の基幹をなす産業のこととある。一般的に重要生産財の生産にあたる重化学工業をさすのだろう。戦後「鉄は国家なり」といわれ、鉄を中心に派生的に他の産業も繁栄して復興をなしとげたことは万人のみとめるところ。島原半島は農業を基幹産業として位置付け、農業が牽引力となって経済を復興させることは、現実的な選択肢ではないか。

力は集中しなければ大きなパワーにならない。あれこれ分散しては、大成はむつかしい。たとえば企業誘致の話がある。的もしぼらず漫然と企業誘致の旗をかかげても、この不況下、しかも立地条件が不利なところに、よほどの好条件をしめさない限り企業は目をむけてくれまい。一点集中の原則で、まとを小さくしぼって、あらゆるチャンネルを利用し農業関連の企業誘致に官民あげて総攻撃をかけるべきと思う。

むかしヨーロッパに旅したことがある。世界最大級の食品会社ネスレはレマン湖畔の片田舎に本社があった。近くの研究所には世界各国の国籍をもつ人材がひしめく。つまりその地域がまさに一流なのだ。

日本をテーマごとに分けるとすれば、島原半島をアグリ(農業)圏と位置付け、一流にするためにも国も全国一律のバラマキをやめて集中投入して育てる方法は考えられないか。

農家は、天候や相場にふりまわされ、なかなか安定的な収入がえられず苦労している。作ることについては、研究熱心で勤勉だからそれなりの競争力はあると思う。このように考えてみると、需給のアンバランスを切り抜ける方策は加工業が考えられる。

思いついたのは、とれたての野菜をつかったジュースである。いま大手のメーカーが通信販売限定で15年間で2億本を達成したと新聞でみた。今や全国民健康志向なのだ。有機栽培や安全安心な高度の保証品(トクホ制度もある)であれば売れるはず。在京の郷土出身者という強い味方もいる。このネットワークを利用して企業誘致をはかるとか、誘致後はこの商品を買ってもらって販売に協力してもらう方法もある。誘致企業にとっても魅力になるだろう。

危機は島原半島を作り替える好機である、これまでやろうとしてできなかったことを実現すべきだ。

一例を書いたが、知恵をしぼれば続々とアイデアがわいてくるに違いない。

 

おわりに

 

福沢諭吉は「この人民にしてこの国家あり」と説いている。国のレベルは国民のレベルの反映である。日本の現状について、某新聞社の「これがわたしたちの望んだ日本なのか」というアンケートに某学者の答えは「そのとおり、これがわたしたちの望んだ日本なのだ、というほかない」。日本をここまで堕落させ、危急存亡の状況まで追い込んだ犯人は、自分たちなのだといっている。

いまの日本は、財政だけでなく、政治、教育どの部門でも待ったなしの危機をむかえていることはまちがいない。悲観論もあれば楽観論もある。そして上り坂、下り坂のほかに、第3の「まさか」という坂のあることをわすれてはなるまい。

世の中がいかなることがあろうと、結局たよれるのは自分しかない。企業も「自分の城は自分で守る」しかないことを覚悟すべきだろう。

打算をこえて、わたしを信じ、ついてきてくれる社員を路頭にまよわせることは、断じてできない。あといくつ正月をむかえられるか、その日がくるまで若い人を育てるために働き続けたい。

最後に

明治の先達、後藤新平のことば

人のお世話にならぬよう

人のお世話をするよう

そしてむくいを求めぬよう

をおのれの信条として心に刻んで筆を擱く。

 

島原新聞 平成25年元旦号掲載

 

 

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