ちょっといっぷく 第75話

 

第75話 あのとき、あの言葉

 

200年ぶりの普賢噴火は、平成3年6月3日の大火砕流のために、43名の尊い命が奪われ、地域に住んでいた人たちの家屋・財産を焼き尽くす大惨事となりました。

この時から、天を覆う火砕流の噴煙と、土石流による濁流が渦巻き、警戒区域や避難勧告区域が設定され、地域の人たちは長期にわたって避難生活を強いられました。

明日がどうなるか分からないという状況のなかで、有志があつまり、国の力で助けてもらいたいとの悲壮な思いを込めて、国会や中央省庁に陳情を繰り返しました。

これは建設省(現・国土交通省)に陳情したときのエピソードです。

破格ともいえる事務次官や局長クラスの官僚へ思いのたけを申し上げたのですが、課長・課長補佐といった新進気鋭の若手官僚5~6名とテーブルをはさんで窮状を訴え、復旧のための支援をお願いしたときのことです。

終始私たちの長いを真剣に聞いてもらってたのですが、最後に「よくわかりました。心配せんでもええですよ。わたしどもは、日本のモデルケースになるような復旧工事をやるべく着々と計画をすすめますから・・・」

明日をもしれぬ絶望的な状況のなかで、この一言は、涙が出るぐらい嬉しかったし、1000万人の味方を得た思い出勇気100倍したものです。この時のシーンは、いまでも瞼に焼き付いて鮮明におぼえています。

これは、単なる気休めの言葉ではなかった。その後の建設省の措置をみれば一目瞭然で、世界初といわれる新しい工法をとりいれたり私たち素人からみれば「そこまでやるのか」といった大掛かりの河川整備や鉄橋の建設等々決して口先だけではなかったのです。

この時の建設省側の意思は、雲仙復興工事事務所の設置となり今日まで脈々と息づいています。

たまたま、柳田邦男氏の書いた『言葉の力・生きる力』という本を読んでいましたから、思い当たる話がありました。

引用しますと、

工事現場で落ちていたコンクリート塊に頭を直撃され、硬膜下出血、脳挫傷、頭椎損傷が生じた患者が、救命救急センターで血腫除去手術を受け終わったあと、家族への説明があった。

説明を聞いた身内の医師は、患者の妻に「七分三分で助からないかもしれない」と言った。妻は、三分しか助かる可能性がないのかと、悲痛な気持ちにおちいった。なぜか9日前の花見の情景がまぶたに浮かんだ。

『あれが夫との最後の花見だったのかなー』

そんな思いが一瞬頭をよぎったとき、看護婦長から声をかけられた。

「私たち頑張りますよ。頑張りますよ」

その言葉に、妻はハッとなった。

『まだ助からないと決まったわけではないんだわ』

と気持ちを立て直した。困惑し苦悩する家族にとって、医療スタッフの心ある言葉かけの何と大事なことか。

この話を建設省陳情のシーンに重ねあわすれば、私がいわんとする意味はご理解いただけるのではないでしょうか。

余談ですが、この患者はほとんど後遺症を残さず退院して、完全な社会復帰をすることができたそうです。

もうひとつ、自衛隊のことについてふれておきたい。

6月3日の大火砕流のことは既に書きました。

発生が午後4時すぎ、午後6時10分、県知事が陸上自衛隊に災害派遣を要請、午後7時には先駆隊が現地入り、午後7時30分には、第16普通科連隊・山口義弘連隊長ら100人が島原へ向け出発。その日の午後9時すぎだったと思うが、山口連隊長がテレビで、「自衛隊の後続部隊800名が今晩中に、災害支援のために到着します。市民のみなさん、われわれは全力をあげます」とのコメント。

孤立無援と思っていた時に、この力強い言葉を聞き『ああ国は島原を見捨ててはいなかった。これで助かるぞ』と心の中で快哉を叫んだものです。

その後、自衛隊は平成7年12月安徳海岸での感謝セレモニー終了後引き上げることになりますが、1,658日間に及ぶ活躍についてはみなさんよくご存知の通りです。

中国のことわざに『水を飲むときは、井戸を掘ってた人を忘れない』とあります。

建設省や自衛隊の人たちは、淡々と‶自分たちの仕事ですから”というに決まっている。

しかし、己の使命感に燃え、住民のために献身的な働きをした人たちがいたことを私たちは忘れてはならない

そして、こういう大災害に遭遇して、国というものの存在、日本という国の底力を改めて肌で感じたものです。

あとがき

今年4月開所10周年を迎えた国土交通省雲仙復興事務所が、その記念行事として『子どもたちへのメッセージ』という記念誌を発行されました。

この文章は、その記念誌に投降したものをそのまま載せたものです。

 このたびの災害では、多くの人達から涙で胸が震えるようなご支援ご協力をいただきました。

心から感謝申し上げます。

 この文は、絶望的な状況のなかでの力強い言葉というものが、いかに人を勇気づけ、物凄い励ましになるか。を一例として取り上げました。

(前島原商工会議所会頭)

2003年8月6日

 

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