ちょっといっぷく 第12話、13話

第12話、13話 ああ青春賛歌

 

島原高校創立100周年記念事業の一つに、11回生による「島高逍遥歌」を発表するそうだ。素晴らしいものが出来るだろうと楽しみにしている。

逍遥の歌は、人生の大道を闊歩する青年の軒昂たる意気を高唱したものといわれるが、逍遥の歌で秀作は、旧制第三高等学校逍遥の歌であろう。この歌は知る人ぞ知る島高の第二応援歌「若草萌ゆる」の原歌(もとうた)なのだ。北野時代の友人から全文を貰っているので紹介するが、その文句やよし、中身もさることながら、そこにちりばめられた美辞麗句のリズムが快い。勿論、節は第二応援歌と全く同じだから、折りに触れ中年以上の人は口ずさんで過ぎ去った青春を回顧するもよし、現役の学生諸君は、勉学の応援歌として高らかに歌って欲しいものだ。

第三高等学校(京都)

逍遥の歌

「紅(くれない)萌ゆる」

1、紅萌(も)ゆる岡の花

早(さ)緑(みどり)匂う岸の色

都の花にうそぶけば

月こそかかれ吉田山

2、緑の夏の芝(しば)露(つゆ)に

残れる星を仰ぐとき

希望は高く溢れつつ

我等が胸に湧き返る

3、千載(せんざい)の秋水清く

銀漢(ぎんかん)空にさゆる時

通へる夢は崑崙(こんろん)の

高嶺(たかね)の此方(こなた)戈壁(ごび)の原

4、ラインの城やアルペンの

谷間の氷雨(ひさめ)なだれ雪

夕(ゆうべ)は辿る北溟(ほくめい)の

日の影暗き冬の波

5、嗚呼(ああ)故里よ野よ花よ

ここにも萌ゆる六百の

光も胸も春の戸に

うそぶき見ずや古都(こと)の月

6、それ京洛(けいらく)の岸に散る

三年(みとせ)の秋の初紅葉(はつもみじ)

それ京洛の山に咲く

三年(みとせ)の春の花嵐(はなあらし)

7、左手(ゆんで)の書(ふみ)にうなつきつ

夕べの風に吟(ぎん)ずれば

砕(くだ)けて飛べる白雲の

空には高し如意(にょい)ヶ嶽

8、神楽(かぐら)ヶ岡の初時雨(しぐれ)

老樹(ろうじゅ)の梢(こずえ)伝う時

檠(けい)燈(とう)かかげ口ずさむ

先哲(せんてつ)至(し)理(り)の教えにも

9、嗚呼(あゝ)又遠き二千年

血潮の史(ふみ)や西の子の

栄枯の跡(あと)を思うにも

胸こそ躍(おど)れ若き身に

10、希望は照(て)れり東海の

み富士の裾(すそ)の山桜

歴史を誇る二千載(ざい)

神武(しんむ)の児(こ)等(ら)が立てる今

11、見よ洛陽(らくよう)の花(はな)霞(かすみ)

桜の下(もと)の男(お)の子等が

今逍遥(しょうよう)に月白く

静かに照(て)れり吉田山

 

ついでだが、島高第一応援歌「秋岳台」の原歌(もとうた)は、第七高等学校(鹿児島)第14回開校記念祭歌「北辰斜に」である。

 

北辰斜めにさすところ

大えいの水ようよう乎

春花かおる神洲の

正気はおわる白鶴城

芳英とわにくちなせば

歴史もふりぬ4百年(しひゃくねん)

 

のあの歌である。

この記念祭歌には巻頭言があって、これも心ときめくものがある。紹介しよう。

 

流星落ちて住むところ

かんらんの実のうるるさと

あくがれの 南の国に

つどいしみとせの夢みじかしと

むすびもおえぬこのさちを

あるひはうたげの庭に

あるひは星空の窓の下に

若い高らふ感情の旋律をもて

思いのままに歌いたまえ

歌は悲しき時の母ともなり

うれしき時の友ともなれば

 

青春とは、人生のある時期ではなく、心の持ち方を言う。……年を重ねただけで人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。

サムエル・ウルマン

 

 

2000年(平成12年)8月15日

 

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