ちょっといっぷく 第82話

第82話 国を思う心

小泉信三の話を続ける。

小泉信三氏がある県の遺族会の依頼をうけて、先の大戦で戦死した方々の遺児を慰め、励ますために書いた文章がある。わかりやすく率直である。

敗戦後、戦争にかかわる一切を否定的に解釈しようとする風潮のなかで戦死をしたということが、とういう意味をもつのか考えさせられる。

小泉氏は一人息子が志願して海軍の主計士官となり、昭和17年10月南太平洋で戦死している。私事ではあるが、義兄(姉の夫・広島高師出身・海軍大尉・暁部隊所属・連絡将校として従軍中、フィリピン沖で戦死)、実兄も暁部隊の一兵卒として召集をうけ台湾沖で爆撃されて大腿部以下片足切断、復員後内地で病死した。

このような経験をされた人達は、全国幾十万人といらっしゃる筈である。

国難に際して、国のために死ぬことの意味について小泉氏は醇々と説く。

われわれ日本人として、日本の同胞と祖先と子孫に対して負う義務のなかで、特に重く、苦しいのは自ら国を護る義務である。われわれが祖先から受け継いだ日本を、よりよきものとして子孫に伝えるといっても、その日本という国が他国から侵されない独立の存在を保っているのでなければ話にならない。

その日本の国を護るものは誰か。それは日本人自身以外にない。もちろん場合によっては、他国から侵されない独立の存在を保っているのでなければ話にならない。

その日本の国を護るものは誰か。それは日本人自身以外にない。もちろん場合によっては、他国の協力を求めることも出来、またそれも必要だが、日本人自らその決意をし、また犠牲を払うことなしにどうしてこれを他国にゆだねることが出来るのか。我々国民の日本に対する義務責任は数々あるが、まず自ら国を護る、護国の義務というものは特に重いのである。

世界の国々の国民は、みんな自ら国を護るけれども、ひとり日本だけはその必要がないというようなことを説くものがあれば、それは人をあざむくものだ。

世界に多くの国があり、民族があり、それが互いに理解し合って仲よくそれぞれ繁栄していくことは、われわれの何よりも願うところであり、その方向に向かって努力することは、人類に課せられた義務であるが、さて現実はどうかといえば、今日の世界の国と国との間には、多くの利害や感情の衝突があり、それがこうじて兵力で争うということは、残念ながら今日まで繰り返されてきた事実であり、いまもその危険は、明らかに存在しているのである。

戦争は好きか嫌いかといえば、誰しもこりごりだというであろう。けれども今の世界で、もう戦争の心配はなくなったのかといえば誰もそれを信じないだろう。これがありのままの実情なのだ。

国を護るということは、生易しいことではない。およそわれわれの願うところは、無事に暮らして、自分と妻子および子孫の幸福を図りたいということである。そして天命を全うして先祖とともにこの日本の土になりたいものだと願っている筈だ。

けれども一旦事が起これば国民はこんな願いは言ってられない。人々は親に別れ、妻子に別れて戦場に出なければならない。いつ敵の弾丸にあたるかも分からない。こんな苦しい危ないことはない。しかし苦しいことはイヤだ、危ないことはイヤだ、と言えば妻子の住む国、祖先のものでも子孫のものでもあるこの国の独立を護ることは出来ない。

政治家や軍人、国民一般の心得違いのために、しないでもよい戦争をしてしまった例は少なくない。避けられたかどうかは別として一旦戦争が起これば現実に国は危うい。国の危ういときに、国民の義務として一身の安全や安楽を捨てて戦死したり、負傷したりした人々の犠牲の行為は戦争に負けたからといって忘れて良いというものではあるまい。

人を愛し、人を救うために自分が死ぬということは、最高の愛の行為だということ。戦死者は特定の人を救うために死んだのではないが、日本国民という、過去から未来に及ぶ同胞全体のために、身を殺したものであって、その人々に身を殺させた国民として、その人々とその行為を忘れては済まないのである。

以上が戦死者について小泉氏がいう死の意味の要約である。

 

フランスでは凱旋門の下に無名の戦士が葬られており、そこには永遠の灯火が燃えている。アメリカでは有名なアリントン墓地に無名戦士の墓がある。その墓の前を、一人の兵士が銃を肩にして、絶えず歩調正しく行き来して護っている。この衛兵は近くの連隊から選抜された最優秀兵で真新しい軍服を着、よく磨かれた靴を履き、ズボンはさわれば指が痛むじゃと思われる程に鋭く折り目がついている。一時間ごとに交替して晴雨を問わず昼も夜もこうして戦友の墓の警護にあたっている。

これは自分の国のために死んだ人のことを一刻も忘れない心を現すものであろう。

(前島原商工会議所会頭)

2003年9月23日

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